静かに目を閉じて
幼かった頃にかえってみよう
新緑の野山、つくしやすぎな、小川のせせらぎ、谷川で見たさわがに、母が唄ってくれたわらべ唄、次から次へと走馬灯はまわる
いろんなことがあった
その頃、両親に対し、どんな心でいたのであろう
いままでの中で両親に対し心から感謝したことがあるだろうか
心からありがとうございますと、口に出したことがあるだろうか
約束をした、
それらはすべて、あたりまえになっているのではなかろうか
私の家は他人より貧しかった、両親に何もしてもらったことがない、
みじめだ、世の中とはなんと不平等なのであろうかと、
そんなことを絶えず思っていたのではなかろうか
神は人間にその環境で生存するために、必要とするものは、すべてお与えくださっておられるのである
平等ではない、不平等であると思うことは、心を忘れ去ったためである
神は、そうした人間一人ひとりに、みずからその心を発見し、
己は神の子であり、今何をなすべきかを悟り、
その道を歩みだす時を、じっと待ちつづけておられるのである
今の自分に不平不満の心がおきていなだろうか、
もしこれらの一つでもあったとしたら
私が、私がという自我の心、
自己保存の心があったとしたら、
それはどんな時にどにようにして、造りだしたのであろうか
今までついぞかえりみることがなく、
そのころの心が今の自分に存在しているだろうか
またその頃に造り出した自我が残り、
今日の自分の心に大きなヒズミを造り出しているのではなかろうか
業とは、元来強い力で振り廻され、
その中から出られなくなった状態を指していうのである
そうした中より一時も早く、抜け出さなければならない
それには素直になること
そうだ素直だ、
それには法の道を歩むことだ
法とは、
また、法とは水が去る如くとある
谷川の水のように流れ、よどんではならない
守護霊や指導霊がどんなに優秀であっても、
本人がやる気がなければ、どうすることもできない、
谷川を流れる水でも、それぞれに個性を持った粒子の集合体なのである
その心が流れにのらなければ、よどんでしまう、おいてゆかれることだ
時は待つということがない
待ってはくれないのである
一秒一秒、この地球生活のおわるときが、互いに近づいてくるのである
地球のすべてのものは、本能のままに生かされている
これが人間の生まれてきた目的なのである
日、日、一秒、一秒、すべてのこと、
これが諸法の実相であり、
神の教えであり、
神の道なのである
その真相をつかむことが佛法であり、心の核心である
反省への挑戦
物事には慣性の法則というものがついてまわっている
やりたい放題、したい放題してきた人が、急にそれをやめ、立ち止まろうとすれば倒れたり苦しくなったりする。
つまり軌道修正の際にはそこにギャップが生じる。
物にしても心にしても常に運動を続けていればその運動方向になじむまで、さまざまなアンバランスな振動が伴うのは当然である。
しかし何ごとも練習だということだ。
生活のための仕事をひとつ覚えるにしても3年や5年はかかる。半年や1年で物事が成就すればこんなやさしいことはない
まして人の心がそうした安易なことで一変するとしたら、その人の心はまことにお粗末としか言いようがない。
人には長い転生の過程があり、その中でそれぞれ業〝性格〟をつくり、その業が人を形づくっているのである。
その軌道修正をするのであるから、それこそ勇気と努力が必要であり己に対して一生かかっても1つや2つの業を修正するという決意がなければならない
反省の目的は、まずものの真実を知ることであり、
そのものの真実がわからないから心から迷いや苦しみがついてまわるわけである
一日の反省…45項目
今日一日を振り返って不調和な原因を反省しよう
反省の仕方…
人生をテーマをもって振り返る
【誕生から10歳まで】
【10歳から20歳】
【30歳から40歳】
この年代は家庭問題、対外的なこととその範囲は大変に広くなる
家庭にあっては夫婦、子供、両親、兄弟、姉妹などの問題が主体的に起こり、外においては友人、上司、仕事の関係で欲望も出、最も心の歪みを造り出しやすい
商売上の問題としては厳しい修行の場であるから不調和な心と行いが非常に多くなってくる
目上のものに対してはへつらい、部下に対しては増長慢、見栄や外聞に心が奪われ、人生において要領よくなる時期である
陰では地位に対する欲望、友人との競争意識、他人をくさすなど、
その想念の曇りは心を覆い、苦しみの種を蒔くときである
妻に対しても、仕事にかこつけて嘘をつき、遊興にふけるのもこの時期である
嘘は嘘を生み、精神的・肉体的にもいろいろな現象が出てくるときである
妻は夫に対する感謝の心を忘れ、不満の日々を過ごす
夫婦の縁はすべて仕組まれた環境なのだ、
縁あればこそ、広い世界で結びつきができたのである、
夫婦の心からの調和は家庭を明るくして神の慈悲に包まれ、
子供たちも素直に育ってゆくことによって計れる
心の中に造りだされる、こうした不調和な問題を反省してゆくにしたがって
誰の前でも心を裸にできる人間になること、これが大切だと言えよう
そして一日一生と観じ、いつでも無常の風を見、しかも何の思い残すこともなく執着を絶つ、
そうすれば光明に満たされ天上界に還ることができるのである
つまりそこへ還ることを心がける、そのことが大切なのである
ところが、様々な心の曇りは私たちの霊域をいつも崩してしまう
過ぎ去った人生をふりかえり、
悪い欠点を修正してゆくことによって心の浄化は計れるのである
欠点が造りだした心の曇り、
これを取り除くためには、反省以外にないということである
反省は盲目の人生航路において、犯した罪を取り除くため、
神が私たちに与えてくださった慈悲なのである
心の歪みを修正して、より豊かな心を造り出さねばならない
業の修正
八正道のうち、せめて正見・正思・正語くらいには取り組んでみたいものである
ものごとには必ず、原因と結果があり、そのなかにその過程でつくりだした業が顏をのぞかせているものだ
業とは一口に言うと、悪い結果を招く行いであり、この業の根底に欠点がひそんでいるのである
欠点とは不十分なところ、あるいは短所をいうのである
反省はそれこそ生涯をかける気持ちで頑張ることが大事である
まず反省事項をきめ、原因と結果のなかでつくりだした業を勇気をもって修正することである
それには一つでよい、修正点をしっかりと把握することが大切である
自分の性格とは
生まれてから死ぬまでのわずかな時間帯の中で、それぞれがその環境を通し、欲望そしてそれによる苦しみ、迷い、そして執着をつくり、煩悩にふり回され、その執着を残しこの世を去ってゆく
これが当り前の人生なのだろうか
人生には幸不幸がある。
これらはなぜ起きるのであろうか、疑問はそれからそれへと広がる
幸福をつくる性格
足るを知る、謙虚、節度、几帳面、率直、優しい、勤勉、忍耐、誠実
不幸をつくる性格
我がまま、傲慢、嫉妬深い、疑い深い、ひがむ、功利的、虚栄的、気が弱い、お節介好き、嘘をつく
性格は業である。
この業が運命を左右することが非常に多い。
また性格は変わるものではない、変えるものである。
一切の悩み、煩悩はすべて他のものとの比較により生ずるものである。
この比較を絶ったときに、心はひらく。
良き性格をのばし、
悪い性格を変える努力に対し与えられるものが真の幸福である。
外向性、内向性について
外交性、内向性、それぞれの項に25の質問を列挙した
各項の質問に対し「はい」の多いものは、その性格をした人間であるということになる
この25の項目は己の性格を知るための方法であるが、人間というものは極めて複雑微妙な存在であって、決して白か黒というように簡単に割り切れるものではない。
また人間の考え方とか気持ちとか、感情や情緒の動きというものは非常に複雑であり、複雑であればあるほど己の性格を把握する必要があるのではなかろうか。
【外向性】
【内向性】